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2019/11/02 17:37
過去、四半世紀にわたる研究において、遠赤外線(FIR)は、創傷の治癒率の増加から心不全の息切れの減少に至るまで、健康のさまざまな側面に有益な効果をもたらす可能性があることが一貫して示唆されてきました。主要な利点の1つは、心血管系の主要な調節因子である血管内皮機能に関連しているようです。したがって、FIRが潜在的な新規の非侵襲的治療法となる大きな可能性の一つとして、心血管系に病態生理学的な根本原因を持つ広範な疾患があげられます。臨床診療との関連で最も重要な研究報告の例としては、FIRが透析患者の動静脈瘻(AVF)の開存性と流動を改善すること、また、うっ血性心不全の症状を軽減する可能性を示唆しています。
病気と酸化ストレス
様々なメディアを通じて,非常に一般的になった酸化ストレス。最近の研究から,活性酸素種や食物に含まれる親電子性物質によりもたらされる酸化ストレスは、DNAやタンパク質、脂質などの生体高分子を酸化することで傷害を与えるため、がんや糖尿病などの生活習慣病を引き起こす素因になると考えられています。
生体を酸化ストレスから防御するには、活性酸素種と直接反応し除去できる抗酸化物質を大量に摂取する方法と生体内の抗酸化酵素の発現を上昇させる方法が考えられます。生体内の抗酸化システムの一つとしては、NF-E2 related factor 2 - antioxidant response element (Nrf2-ARE) 経路が知られています(下図)。
細胞内において、転写因子(※1)の一つであるNrf2 は通常 Kelch-like ECH-associated protein 1 (Keap1)というタンパク質と結合し細胞質に留められていますが、酸化ストレスを受けることにより核内に移行し遺伝子の上流に存在するARE配列に結合することで、グルタチオンペルオキシダーゼ、ヘムオキシゲナーゼ1(HO-1)などの抗酸化酵素の発現を誘導します。このNrf2-ARE経路を活性化できれば、生体は酸化ストレスに対して抵抗性を獲得した状態を維持できると考えられています。
これまでに科学論文で報告されている、生体の血管内における遠赤外線(FIR)の酸化ストレスに対する作用、およびその他の主な作用とそのメカニズムの要約を以下にお示しします。
(1)FIRは、内皮前駆細胞(EPC)活性(血管の壁を構成している血管内皮細胞に分化する前駆体の細胞)を増加させます。 (2)FIRはヘムをビリルビンと一酸化炭素(CO)に分解する酵素のヘムオキシゲナーゼ-1(HO–1)の発現を上昇します。ビリルビンとCOは、どちらも強力な抗酸化物質として作用します(COは、生体内において、抗炎症作用,抗アポトーシス作用を示すことも明らかとなっています)。(3)FIRによって、末梢血の流れは増加し、層流性せん断応力(※2)が増加することによって、血管内皮型の一酸化窒素合成酵素(eNOS)の発現は上昇します。(4)FIRは、eNOSの発現に直接的に影響し、これらの結果、一酸化窒素(NO)の生成が増加し、生成されたNOは血管内皮の機能を改善します。(5)FIRは、核内の内因性抗酸化反応要素(ARE)への結合を介して抗酸化酵素の発現を調節する転写因子であるNrf2の発現を上昇制御している可能性があります。これらの遠赤外線の血管内における作用メカニズムをまとめたものが下図になります。
※1 転写因子:DNAに特異的に結合するタンパク質の一群で、遺伝子の転写を制御する因子で、2000種以上とされる非常に多数のものが同定されています。
※2 層流性せん断応力:液体の均質な流れに対して、断面に平行な方向に働く応力。流体せん断応力は、プロテインキナーゼA(PKA)、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)、AKTおよびCa2 + /カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII(CaMKII)を含む複数のタンパク質リン酸化酵素を介して、血管内皮型の一酸化窒素合成酵素(eNOS)活性化および一酸化窒素(NO)産生を刺激することが知られています。
引用文献:
Shemilt R., et al.:Potential mechanisms for the effects of far-infrared on the cardiovascular system - a review. Vasa. 2019 Jul;48(4):303-312.
久米利明:基礎老化研究 38(1);31-33, 2014